この建物は、今は亡き施主のお父様が昭和初期に建てた古民家である。当時、近所の製材所からも相談に来るほど目利きだったお父様が三度目にしてようやく納得できた家である。“昔は”「思いどおりの家は三度建てなければ出来ない」という言葉があったけれど、まさにその言葉どおりの家で、その結果60年経った現代でも大切に住み継がれている。
この古民家の話をもらったのは竣工から一年以上前の秋でした。その時は、外廻りの漆喰や下見板、瓦の補修の相談でした。これまでも施主自身が木部の塗装や瓦等の修繕を行い大切に住んできたが、風の強いこの土地で60年間耐えぬいた漆喰壁は所々に破損や深いひび割れが見られ、本格的な修繕が必要な時期だった。それならばということで、信頼できる施工業者を紹介して、後はその業者にお任せするつもりだったが、話が進むにつれ、玄関から居間、台所、水周りにかけての大掛かりな改修に話が広がっていった。
改めて設計監理の依頼を受けて、これだけの立派な家の改修に携われるのはすごく嬉しく思ったけれど、同時に 施主とお父様の想いが詰まったこの家の改修で、60年前のお父様同様、施主にも納得し 満足してもらわなければならない と背筋が伸びる思いでした。その思いは打合せを重ね、施主の思いを聞いていくにつれ大きくなっていきました。
この古民家は前述したとおり、大切に愛着をもって住み継がれてきたが、やはり半世紀以上も経つと、現代の暮らしには不適当になってくる部分もでてくる。それは採光だったり、間取りだったり多岐に渡る。施主やお父様の想いに応えるためにも、なるべく既存の部材や雰囲気を活かしつつ、だけど新たな価値を付加した改修計画を練らなければならない。
例えば外部の木製建具。居間から食堂にかけての外部開口面積は採光のために既存の倍近くに広げたけれど、建具はこの建物の雰囲気を考えると、既存と同じ木製建具にしたかった。だけど既存の木製建具は、僕が普段設計する木製建具とくらべるとかなり簡素な作り。簡素な作り自体は大いに歓迎なのだけど、簡素過ぎてスキマ風がひどく、雨風の時には内部に侵入した雨水を拭いて回らなければならない。風雪時には建具の室内側に雪だまりが出来る程だった。そこで敷居や鴨居も含め、木製建具を外壁より外側に出し、開口部を一回り大きな建具ですっぽり覆うように設置して、雨風が入らないように納め、雰囲気を壊さず、機能性を付加している。(…当たり前といえば当たり前ですが) 大味の古民家ではこのような箇所がそこかしこに見られる。ただ、このような古材と新材が交わる箇所が多くなると大工も大変。もちろん設計上である程度は工夫してあるものの、曲がっているモノ(古材)に真っすぐなモノ(新材)を取り付けるわけですから。今回は見積り前に腕の良い大工をリクエストしていたので、そのような高難度の仕口も丁寧に納めてもらうことができました。
ただ、そういうこともあって工期が予定より遅くなってしまい、施主には迷惑をかけてしまう結果に…。工事も終盤になったころ、工期が遅延していることについて現場監督に注意したことがありました。改修工事は想定外の事態も多いので予定が立てにくい。だけど管理上の人的ミスが続き、その報告や対応が後手後手にまわっていたことについて(生意気にも)厳しく問い正していました。それを奥で聞いていた施主が「出村さん、しっかりやってくれてありがとう。ホントは少しでも早くしてほしいんやけど、全然後悔してないんや。みんな一所懸命やってくれてるの分かってるし、丁寧にやってくれて満足してるんやよ」と、ありがたくも恐縮してしまう言葉を頂いた。もちろん現場監督には「施主の言葉にこれ以上甘えないように!」とは釘さしておきましたけど。もちろん自分にも。
そんなこんなでようやく竣工を迎えることができました。施主も改修の結果に満足してもらえたみたいでホッとしました。ただ、施主のお父様が改修したこの家を見たらどう思ってくれただろうと少し気になっている。この家で始まっている施主家族の新しい生活を見て、気に入ってもらえたら嬉しいなぁ、と思う。
ちなみに。施主のお母さんはというと、ご健在で かなり高齢ですが元気に畑仕事してます。そして家族で唯一の愛煙家(フィリップモリス)です。
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正面外観。
居間~食堂廻りのヒバ製サッシュとウリン材の濡縁。
玄関。欅上框は既存框を磨いて再利用。照明はいかにも古民家再生! 的な主張するようなものではなく、可愛らしく品のある物を選定。
玄関、ホール側から。右手にあるのが居間へ通じる建具。格子壁みたいに見えますが、三本引きの建具です。
玄関ホール。奥の木製サッシュは外から見えすぎるということで、縦格子状の網戸を設置。
居間。重厚すぎず軽すぎず、そのバランスにはずいぶん頭を悩ませた。
玄関との仕切りの格子建具を開くとこんな感じ。暖かくなると開けっ放しで使う。ホントに風がよく通る。
暗く、閉塞感があった居間と食堂・台所間は一体とした。梁上部の束と貫も壁を抜いてスケルトンにして一体感を強調。
居間ヒバ製サッシュのスクリーンを少し閉じてみると、ぐっと雰囲気が出て良い感じ。床材は岩手産の南部栗。着色しなくても、存在感があるので、漆塗りの梁や柱、建具に負けていない。
台所から居間・玄関ホールを見る。
食堂のヒバ製サッシュから見える庭。よく手入れされた庭を見ながら食べるご飯も美味しそう。
テレビ台と整理箪笥。今回は置き家具も作成。制作はマエダ木工さん。
開口部が多く、明るい洗面所。2mの洗面カウンターの下は収納と(勝手口の)下足棚になってます。
勝手口土間に隣で採ってきたばかりのニンジンが。下足棚の一番下は棚を付けず、畑の土で汚れた長靴や野菜が置けるように土間になっている。
便所。普段あまり便所は撮らないけれど、窓から溢れる陽光がやわらかくて良い感じだったのでパシャリ。