エンマハウス

エンマハウスの施主は義姉夫婦である。僕達夫婦が結婚する前から、妻(当時は彼女ですが)の姉から建築の予定があることを聞いていた。ただ、施主の父親…つまり僕の義父が大工だったこともあるし、僕自身も商売っ気が欠損していたこともあって、「いい家になるといいね」程度に思っていた。

ところがいつの間にか「設計よろしくね」みたいな雰囲気になっていて、鈍い僕も「設計依頼されてるのか?」と思うようになった。まぁ、義姉夫婦にしてみれば最初からそのつもりで、僕が噛み合っていなかっただけみたいですが。
でも、義姉夫婦は僕がどんな設計をするか知らないし、今時親戚だからって理由だけで依頼する必要もない。…と思う。もし僕が設計の能力もなく…、まぁ能力の有無は置いておくとしても、仕事への意識の低い建築士だったらどうすんだろう。意識の低い建築士なんて沢山いる。親戚や友達なら一生懸命するだろうと思う人もいるかもしれないが、僕はそういう理由で入ってきた業者や大工が、必ずしも誠実な仕事をしていない場面を何度も見てきて、それを是正するために大変な労力を払った苦い経験もある。(もちろんその逆もあります。プロフェッショナルであるその大工は友人の施主に対して敬語で話していました)
とにもかくにも、双方納得して仕事をしたかったので、僕がどんな建築を設計するのか見てもらい、それから決めてもらおうと過去に設計した家を見学させてもらった。
結果は好感触(…たぶん)で、エンマハウス設計プロジェクトが一気に加速していくのでありました。

で、加速した割には1年近く掛かった設計ですが、時間を頂いた分 多岐にわたり検討考察を繰返して、僕としても義姉夫婦としても納得の行く設計が出来たと思います。
エンマハウスの特徴は色々あるけど、間取りで言えば北側大開口でしょうか。エンマハウスの敷地は5mほどの高台で眺望がよいはずだけど、境界に植えられた杉の生垣のせいで、その向うに大パノラマが広がっているとはとても想像できない状況でした。そこで、「生垣を15mにわたって伐採、LDKも南向きではなく眺望のよい北向きにしたらどうか」という提案をしたら あっさり受け入れられました。僕としては「生垣を切るなんてとんでもない」「LDKが北向きなんておかしい、暗くなるじゃないか」と、非難轟々を覚悟していたので 肩透かしをくらった気分でした。
もちろん、生垣を切ることや北向きLDKのデメリットもあるけれど、それをはるかに凌ぐメリットが多々あるし、そもそも そのデメリットでさえ設計で十分対処できるものばかりだ。しかし、そう言う説明があっても、人間 経験のないことには慎重になるものだし、住宅建築という一大事業の前では保守的になりやすいものである。そんな時に最後のひと押しをするのは信頼関係だと思う。これはエンマハウスに限らず、すべてのプロジェクトで言えることだ。「不安もあるけど、出村が大丈夫だというなら任せてみよう」という気持ちが、設計の提案を是とすることもある。僕もその気持が分かるから、決して一人よがりな提案はできないし、常に「この施主だったら こんな生活も受け入れて喜んでくれる」と施主の立場で想像しながら設計を進められる。そして「やっぱり任せて良かった」と思ってもらいたいのだ。

着工から7ヶ月後、エンマハウスは大きなトラブルもなく無事完成しました。
オープンハウスに来られた人が、LDKからの眺望をしみじみと「得難い素材だ…。」と呟いて暫く眺めていました。別に建築に感動した訳じゃないのだろうけど、その“得難い素材”を十分活かせたのかなと、少しホッとしました。
引渡しの前だったろうか、リビングの畳の上にあぐらをかいて義兄さんと話をしている時に「ウチらは昌也くんと出会えて運が良かったわ」と僕のことを労ってくれました。たった一言だけど今までの仕事に報いるには十分すぎるし、これ以上ない言葉だ。僕も義兄さん達に出会えて色んな経験をさせてもらって感謝です。
これからもよろしくお願いします。

続きを読む


玄関正面。横のラインを基調にした落ち着いた雰囲気。階高も抑えてあるので安定感があり、それが各部材と相まって建物の風格となる。


前庭のヤマボウシ。春には黒の下見板外壁と新緑のコントラストがきれい。出幅1.2mの大きな軒が下見板外壁を守る。


北面の庭。こちらは借景を活かすためにほどんど植栽はない。大きな窓には廻りの山々が写っている。13帖のアイアンウッド製のデッキは可動式のベンチもあり、大人数でのバーベキュー等にも余裕で対応できる。


建物西側は既存の植栽を活かして西日対策とした。紅葉の間から2階の白壁が覗く。


夕景。僕は正面より裏側が好きだったりする。本当に景色の一部のように風景に馴染んでいる。やっぱり黒の外壁ってのは夕景から黄昏時が一番似合うなぁ。


建物夜景。郊外という立地環境もあって、重厚感もあり、かつ野暮ったくならないよう計画した。


玄関引戸。枠の断面寸法は4cm×24cmで奥行き感のある玄関。最近は内装も外装もペラペラの建物が多い。もちろん好みもあるけど、この建物に限って言えばそんな納まりは似合わない。


玄関。正面は座敷に繋がる幅2mの一枚障子引戸。壁が光っているような感じ。


ホールから玄関を見る。地窓からの光が土間の燻瓦タイルに反射してやわらかい雰囲気を作る。また、地窓からはヒュウガミズキの新緑や黄葉が季節を感じさせてくれる。玄関左手は収納兼家族玄関。


LDK。幅6.2m、最大高さ2.4mのサッシュ。北側ということもあって、通常福井で使われるLow-Eガラスではなく、冬季用のLow-Eを使用。右手奥には幅3.6mのカウンター。左側半分がTV台で残りが作業カウンター。今は主に子供の宿題用となってます。


キッチンからの眺め。21mm厚のナラ無垢フローリングの先には奥行2.4mのアイアンウッドデッキが続き、その先には田園風景と山々の稜線が見える。


造作キッチン。左手がシンクカウンターで、右手がコンロと分離タイプ。これ気づきにくいけど意外とメリットが多いんです。手前の方には、パントリーや洗面、お風呂、インナーガレージへ続く勝手口があり、家事スペースが集約されてます。


リビングからの眺め。外じゃなくて室内のカウンター手前から撮ってます。写真の水田は収穫後でしたが、水貼り時の鏡のような水面、青々とした緑、黄金色の稲穂、水田は季節ごとに表情が変わる。


寝室。お布団で就寝ということだったので、床を上げて畳敷きに。天井高さを抑えたので窓も腰窓じゃなく地窓にして重心を抑えるよう意識した。同じ理由で障子の鴨居を設けず、壁の中に引込む仕様にした。


2階の子供部屋。階高は抑えていても、小屋裏まで最大限利用しているので高さ的にも開放感がある。冬季は木製サッシュから直接陽光が入ってくるが、夏季は出幅1.2mの軒のおかげで直射日光はほとんど入らない。


子供部屋、幅1.6m全開放の木製サッシュ。サッシュの外には手摺、内には腰掛け兼用の窓台があります。もちろん、ここからの眺めも良い。


最後にベンチ。余っていた床材を利用して作成。子供用なので、華奢でかわいらしい感じのデザインにした。21mm厚の床材があったからできたベンチ。普通はナラ無垢で21mmなんてなかなかない。